今回は久しぶりに映画について書いてみようと思います!


婚活、朝活、恋活、等の様々な活があふれ出ている昨今、少子高齢化社会だからこそ求められている、最もニーズの高い“活”それが…孫活です。

どうして僕が孫活へと踏み切ったのか…敬老の日がいつかも記憶していない程に敬老する気持ちの薄い、孫弱者である僕が、ばあちゃんとマンツーマンで映画館に行くという孫力の高さを発揮出来たのは、映画『この世界の片隅に』を観たからこそなんです。

映画『この世界の片隅に』の大まかなストーリーは
1944年(昭和19年)、が得意な少女浦野すず広島市江波から北條周作のもとに嫁ぐ。戦争で物資が不足する中、すずは不器用ながらも懸命にささやかな暮らしを守るが、軍港の呉はたびたび空襲を受けるようになり…wiki引用)



『この世界の片隅に』を鑑賞し、そのあまりの感動に涙をこらえ過ぎた為ひどい頭痛に悩まされたことで、この映画を、当時広島で同じように戦争を体験したばあちゃんと観て、感想や体験談を聞いてみたい!と思ったのが事の始まりだったのです。


そして孫活当日。84歳のばあちゃんを新宿の雑踏からディフェンスし、階段をなるべく使わずに、新宿ピカデリーまで連れて行くのは少しばかり大変でした。
孫活が流行っていない理由はこの辺にあるのかもしれません…

映画館内に到着し予告編が終わったあと、せんべいと黒飴という回復アイテムを差し出してくれたばあちゃんの気遣いに嬉しさを覚えつつも、ばあちゃんは20年程映画館で映画を見ていないらしく、馴れない所に連れてきて、過去の壮絶な体験を思い出すような映画をみせて大丈夫かと不安もよぎりました。
しかし映画が始まると、ばあちゃんは時々身を乗り出したりして映画に集中していました。

そして、二回目の鑑賞で、改めてこの映画の情報量の多さにビビらされたのです。
一回観た時は、誰がどうして何をしたのか、基本的な動きすら追えていないことに、二回目を観て気付き、三回目もこれはあるぞと、思った物です。



(以下ネタバレ感想)

二回目を観て『この世界の片隅に』というタイトルの意味に興味が出てきました。
映画のテーマソングである『悲しくてやりきれない』がオープニングで流れる時、サビに入り歌詞が丁度

悲しくて 悲しくてとてもやりきれないこの限りない むなしさの救いは ないだろうか
と流れた所で、丁度タイトルがでてくるのです

この世界の片隅に
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この世界の片隅ってマジでどこなんだろう?
色々と探っていると片渕須直監督が、いかに当時の資料や人々の生活様式を入念に調べ尽くした上で 作品を創っているのかが伺えるインタビューでこんな事を語っていました。

「この世界の片隅に」の「世界」を調べているのだから。世界が読めてこないと片隅まで分からないんです。いきなり片隅だけ見てしまうと「周りにこんな世界があるからこその、この『片隅』なんだ」という位置づけができないんですよ。 

抜粋:『Gigazine』
「『世界』を描かないと『片隅』が見えてこない」、映画「この世界の片隅に」片渕須直監督インタビュー


このインタビューで語っていった事をざっくり要約すると。
この映画を創るにあたって、今までの映画や教科書にあった戦時中のイメージを全て取り払い、自分で調べて戦時中の世界を再構築したということが書かれています。

つまり『この世界の片隅に』の『世界』とは改めて調べ直す必要のある、リアルな戦時中の背景であり、人々が生活をしている、していた世界のことなんですね。
そのあまりの『世界』のリアリティに観客達は、今の自分たちの生きている『世界』と、同じだった、地続きだった戦時中を改めて痛感できたからこそ、この映画は沢山の評価を得たのだなと思います。

だからこそ僕はこの世界の片隅にの呉、広島を当時生きていた、正に『世界』のなかで営みをしていたおばあちゃんが、映画の『世界』がどれだけ実体験に近かったのかを観てもらいたいと思ったんです。


そうなると、『片隅』とは、その『世界』の中で生きている人々それぞれの日常が送られている一部分、つまりは居場所、のようなものだと言っていいと思います。
ただこの映画が単純に、居場所っていいよねと言っている訳ではなく、すずさんは北条家に嫁に出た時の苦労で髪の一部にハゲが出来上がってしまったように、居場所に根付くことの困難さもきちんと描いています。

そして、すずさんはそんな『片隅』に空襲が続いていく事で追いつめられていき、ここに居続けるくらいなら死んでしまった方がいいとすら思う事態になっていくのです。


しかしすずさんはラスト付近でこんな台詞を言います。
「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」

この台詞は、すずさんがあらゆるモノを失った嫁入り先の居場所を、最後には肯定した事を示しています。
そんなすずさんを象徴する植物が、タンポポとして描かれています。フワフワと風に飛ばされながら飛んでいくタンポポの描写は何度も画面に登場してきます。


もうひとつ、片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』をみて改めて思ったのは、想像力の大切さ、でした。
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すずさん同様この映画の主人公、新子は空想の大好きな女の子です。
千年前の自分たちが住んでいる土地に思いを馳せ想像するような子供の無邪気さが、辛過ぎる現実に少しでも希望と遊びを与えてくれる魔法なのだと、この映画は教えてくれるのですが…


すずさんもまた辛すぎるこの世界で、自分の周りにいる、片隅にいる人々を絵や空想で癒したり楽しませていました。しかしすずさんはそんな風に絵を描いてきた右腕と、一番自分と距離が近かった姪のはるみちゃんを同時に空襲で失います。

自分とはるみちゃんの立ち位置が左右で逆だったら良かったのに、と心の底からすずさんは失意にくれます。

しばらくして原爆が投下され日本は敗戦します。そこですずさんは一度実家のある広島に夫である周作とともに訪れた時。親のいない戦災孤児がすずさんを見つけるのです。

その孤児がお母さんを失うシーンが回想シーンのように描かれます。
そのお母さんはまさに、爆弾の被害を受けた時にはるみちゃんと立ち位置が逆だったすずさんを、暗示するように描かれていました。右手が無く、右半身が血だらけで回復不能のまま、間もなく死んでしまい子供だけが残されたお母さん。右側にいたはるみちゃんは即死し、自身の右腕も失ったすずさん。

そんな、死ぬ前のお母さんと同様に右腕の無いすずさんを偶然見つけた戦災孤児は
思わず、そこには無いすずさんの右腕に寄り添うのです。

この世界の片隅で、皆と自分を楽しませていた右腕が、失われても尚、失われたからこそ、もう一度孤独な子供に居場所を見つけてあげた瞬間なんですね。


一緒に映画を観たおばあちゃんは、当時周りに、映画同様戦災孤児を家族に迎え入れ、お互いの居場所を補った家族がいた。と言っていました。
他にもおばあちゃんは、家が大きく家の床下に家族専用の防空壕を父親がつくったせいで、近所の皆と同じ防空壕に入れず寂しかった思いをしたそうです。

ばあちゃんは当時丁度はるみちゃん位の年齢で、映画よりもずっと怖くてグロい描写を沢山目の当たりにし、映画はとても優しくつくられているように感じた。と言っていましたが、映画自体をとても気に入ってくれていたようです。


戦争真っ最中の『世界』とその『片隅』に過ごしていたばあちゃんの人生と完全に地続きに今の2017年現代の『世界』と僕の生きる『片隅』が同じように存在している事を感じた孫活でした。